夏至が過ぎたら昼の時間は短くなるはずだが、
それにしては宵の仄かな明るさはなかなか引かずで。
それに油断して、ついついいつまでもお外にいると、
おウチまでの帰り道で
思うより早く暗さが追って来てのこと、
おっかない想いをすることになるかもしれない。
だからだから、早くお帰り
キミを待つ人が 明かりを灯す窓を目がけ
振り返ることなく、急いでお帰り
でないとあのね? 何が起きても知らないよ…?
◇◇
夜更けにあっても夜を知らぬかのように、
どこにだって明るい光が灯る今時ともなると。
陽が落ちるとすぐにも夜陰が押し寄せて、
そのまま満点の星空が堪能出来るなんてな
そんな贅沢な環境は
ちょっとした片田舎というくらいでは
とうとう無理な相談となりつつあるが。
電灯どころか、
明かり用の油がたいそう希少で高価だったという
昔むかしの大昔の話ともなれば
それが日之本という国の中心で、
昼間はそれは多くの人も行き交う賑やかな街、
京の都の一角であろうとも。
陽が沈んで夜が静かに訪のえば、
どこからもそこからも 人の気配は引いての退いてゆき、
屋外からは人がすっかりと消えてゆく。
何と言っても、暗すぎて勝手が悪いからで、
明るみと言えば、
わずかに大内裏の門前に明々と篝火が焚かれるくらい。
しかも、検非違使による誰何に止められるだけとあっては、
よほどの用でもない限り、
滅多に外を出歩かぬのも道理というもの。
輝く月のある夜であればあったで、
白い漆喰の塀が煌々と照らし出される様は
骨の白にも通じて いっそますますと不気味だし。
それへ寄り添う闇の冥さが、
一層のこと増すばかりとあって、
いつしか その光は死霊を招くと恐れられもして…。
「…ここかなぁ。」
都大路のような人工的な作りの町並みに、
誰もいないで しんとしているのは不気味だが。
自然の野山の夜の気配は、
まだ少しは親しみが持てなくもない気がする瀬那で。
風にそよぐ草や梢の音とか、
今時分だったら草いきれの匂いもするのが、
むしろ落ち着くなぁなんて。
そうと思ったと、ついつい言ってみたところ、
『そりゃあお前、
寝起きしているところがそういう環境だからだ。』
蛭魔から あっさりそうと言われもしたけれど。(苦笑)
今宵はその蛭魔が待つ森を目指している彼であり。
《 弊が足りぬ。火炎撃の咒弊を持って来い。》
あの周到な術師には珍しく、そんな窮地にあるようで。
紙で拵さえた式鳥を飛ばして来たのを受けて、
大急ぎで屋敷にあった弊をまとめると、それを懐ろに駆けて来た。
舎人らが供をと申し出てくれたが、
『大丈夫。皆さんは、お館様をお迎えする用意を。』
蒸し暑かったとか虫に刺されたとか、
そんな不平をこぼされるかも知れぬからと、
わざとらしく滑稽に言って、
出来るだけ何てことないように振る舞って。
それから…実は意外と韋駄天な健脚を奮い、
式神が飛んで来た方へと駆けて来た彼だったが。
「進さん、気配しますか?」
周囲に誰がいるでなし、声を出してじかに訊けば、
セナの傍らへ仄かに淡く光が灯り、
《 ああ。そこの木立の向こうにいる。》
輪郭の薄い人影が現れて、目指して駆けて来た前方へ、
武装に固められた腕を延ばして見せる武神様だが、
ああよかったと安堵しつつ
進みかける和子の肩を押さえて止める彼でもあって。
「進さん?」
感知する能力のない者には、風とさえ感じぬそれだろに。
若しくは、岩をも砕くほどの意志を叩きつけられ、
その身を一瞬で壊されていたところだろに。
人と人との仕草のように、何でしょかと立ち止まり、
幼い陰陽師が頼もしい守護神を見上げれば、
《 蛭魔の咒陣が働いている。》
ようよう眸を凝らしてと示唆されて、
立ち止まったまま そちらの木立を見据えれば。
それもまた生気持つ存在の木々の向こう、
何かしら淡い青の光が感じられて。
「あ…。」
進が言う通り、これは蛭魔が放っている覇気によるもの。
封印する対象を、今まさに取り込んでいる最中なのか、
それとも厳しい対峙の真っ只中か。
読み間違っての飛び込めば、
師匠に迷惑をかけるのみならず、
蛭魔自身を窮地に追い込みかねぬこと。
「……。」
動きやすいようにと、
筒袖の小袖に半臂を引っかけ、狩袴をはいて飛んで来た。
そんなまでの軽装であるというに、
わずかなあそびが風に揺れる。
その風に含まれる気配をじっと嗅いでいたセナだったが、
「…っ。」
不意に、身を倒してそのまま駆け出すと、
懐へ手を入れて、何やら口の中で呟き始めて。
「………炎載招来っ、臨っ!」
青々と伸びた下生えを蹴散らし、
筋張った老爺の手のような木の根を小刻みに飛び越え。
やっと辿り着いた、
樺だろう真っ直ぐな樹木の木立を擦り抜けながら。
言われた火炎の弊を取り出しつつ、
鋭く唱えたは、強烈な炎群を召喚するための咒詞。
その身の前方へかざした咒弊は、束のままで宙へと舞うと、
その先に開けていた空間の真ん中、
青々とした光の幕が幾重にも重なる中に陣取っていた
蛭魔目がけて飛んでゆき、
「ようも聞こえたの。」
その狩衣装束を、どこから吹くか強い旋風にはためかせ、
何にか開いた手を延べ、押さえ込んでた姿勢のまんま、
にやりと微笑う彼の師匠が。
それは絶妙なタメと間合いを取ってから
ひょいと高々飛び上がった後の空隙へ飛び込んで…。
どん、と
重々しい響きと共に、今度は明々とした火柱が上がり、
そこに満ちていた青い光が、
生き物のように ぐねぐねとのたうち始めるではないか。
「あれって…。」
「阿含ではないから安心しな。」
ひらりと、すぐ傍らへ舞い降りて来たお師匠様が、
まるで心を読んだよに、セナの案じへ答えてくれて。
ここらはあいつの死角というか、
たばこの畑がある場所なんで、
そうそう近寄れなんだのだとよ、と
それをいいことに、
大湖から水系の蛇神が好き勝手をしに伸して来ていて。
人の和子まで餌にと喰らい始めたと聞き、
捨て置く訳にも行くまいと、退治に出て来たお師匠様だったのだが。
「水精のくせに、
発火性のある霧を出しやがるよな とんでもない奴での。」
水が相手なら炎は意味をなすまいと、それであんまり持って出なんだ炎の弊を、
だがだが、発火系の相手へ“よし使おう”と思う彼もいかがなものか。
一歩間違えれば暴発もしただろうし、
そうともなれば他でもない自分への被害が甚大なのに。
「だから、お前に持って来いと言うたのだ。」
「えっとぉ…。」
その場で即席に刻めなくもないけれど、
それだと相手の思うツボかも。
だが、さっきのように外からぶち込まれるのなら、
すんでで逃げれば害はないと、
さらりと言ってのけるお師匠様なのへ、
「何でそうも、人が思ってることが判るんですよぉ。///////」
「お前が単純だからだよ。」
からから笑って、それから、
「少しは喜べ。
俺が思考を拾い上げられぬ、鈍な奴ではないということだからの。」
「そんなぁ。」
無茶苦茶だなぁと思ったものの、
愉快愉快と笑う蛭魔へは何となく安堵もするセナくんで。
“だって…。”
先程の対峙の場、
蛭魔の姿は頼もしくはあったが、
同時に取り付く島のない怖さも帯びていたからで。
その姿、凛と冴えて静かに孤高。
咒を唱えつつ、鋭にして舞えば、
水表(みなも)に開く水紋が
そのまま彼を冥界へ取り込みそうなほどに、
それは恐ろしい存在へ、常にその身を晒しているようで。
「〜〜〜。」
心配したのにぃという、恨めしそうな上目遣いになったものの、
そんな書生くんの小さな肩を、
「ご苦労さん。」
ぽんぽんと叩くのが、
そちらも奮闘なさったか、
いつもきちんと整えておいでの髪、
随分と掻き乱されてた黒の侍従様。
「あんの野郎、人を足場にしやがって。」
あああ、こちらさんの場合は、
セナが同情しきりな眸で見たから察したのだなと。
大きな手を櫛の代わりにし、頭を整える彼なのへ、
小さく微笑って…やっとのこと、
気も済んだらしい小さな陰陽師の君。
どうやらその身を燃やし尽くしたらしい妖異だったよで。
咒が起こした炎も消えたの確認すると、
では帰ろうかと、
静かな風の吹く中、わが家までの夜道を選んだ頼もしき御一党。
忙しい夏が、いよいよ始まるようでございます。
〜Fine〜 14.06.30.
*六月も終わりますね。
昨年に比べれば、まだ涼しいほうなのかなぁ。
どっちにしてもこれからが夏ですからね。
予行演習はばっちりさ。(う〜んう〜ん)
めーるふぉーむvv
or *

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